遺言の概要
遺言は厳格な法律行為
遺言書は遺言者(被相続人)の意思を示したものであり、その遺言が効力を生ずるのは遺言者の死亡時です(民法985条1項) 。
また、遺言は法律に定める方式に従わなければすることができないとされています(民法960条)。
遺言能力
15歳以上の者は、単独で遺言をなすことができます(民法961条)。
成年被後見人でも遺言をなすことができます(民法962条)。ただし、意思能力が求められますので、事理を弁識する能力を一時回復した時で、かつ、医師2人以上の立ち会いが必要となります(民法973条)。
遺言の方式
公正証書遺言(民法969条) 、自筆証書遺言(民法968条) 、秘密証書遺言(民法970条)、特別方式の遺言(民法976~979条)があります。
自筆証書遺言と公正証書遺言の比較
自筆証書遺言、法務局保管制度利用の自筆証書遺言、公正証書遺言のメリット/デメリットを比較すると、以下のようになります(メリットは赤字)。
「公正証書遺言」の唯一のデメリットは時間的・費用的作成コストです。「自筆証書遺言」は手軽な反面、デメリットも多いです。
自筆証書遺言をお考えの場合には、自筆証書遺言に公正証書遺言が持つ一部メリットを取り入れた「保管制度利用の自筆証書遺言」をお勧めします。
自筆証書遺言 | 自筆証書遺言 (保管制度利用) | 公正証書遺言 | |
公正証書遺言 | 低い | 低い | 高い |
方式不備の可能性 | あり | あり | なし |
紛失の可能性 | あり | なし | なし |
相続人が発見できない恐れ | あり | なし | なし |
検認手続き | 必要 | 不要 | 不要 |
本人の外出が難しい場合 | 可能 | 不可 | 可能 |
遺言の撤回
遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができます(民法1022条)。
いったん遺言書を作成しても撤回できないということはありません。遺言の方式に従って前の遺言を撤回することが可能です。また、撤回にあたり遺言の種類は問わないので、公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回することもできますし、自筆証書遺言を公正証書遺言で撤回することもできます。
遺言で定めることができること
遺言で定めることができる事項は以下のとおりです。これらは遺言として法的な拘束力を持ちます。
相続による財産分配 に関する事項 | 推定相続人の廃除(民法893条) 推定相続人の廃除の取消し(民法894条2項) 相続分の指定(民法902条) 特別受益としない旨の意思表示(民法903条3項) 遺産分割の方法の指定及び分割の禁止(民法908条) 遺産分割における担保責任の定め(民法914条) |
相続以外による財産分配 に関する事項 | 包括遺贈及び特定遺贈(民法964条) |
遺言執行に関する事項 | 遺言執行者の指定(民法1006条1項) |
身分関係に関する事項 | 認知(民法781条2項) 未成年後見人の指定(民法839条1項) 未成年後見監督人の指定(民法848条) |
その他 | 祭祀主宰者の指定(民法897条1項) |
遺言で定めても法的な拘束力を持たない事項
「遺言で定めることができる事項」以外の事項は、遺言に記載しても法的な拘束力は持ちません。
例えば「葬送に関する事務」や「公共サービス等の精算及び解約」等は、遺言に記載しても法的な拘束力は持ちませんので、遺言の記載どおりに実行されるかどうかは分かりません。
確実に実行されるようにするには、別途「死後事務委任契約」を締結しておく必要があります。
遺言作成の心得
遺言書を残すべき場合
一般的には下記に該当する場合に、遺言書を残すべきと言われています。
本人状況の観点 | 子供のいない夫婦の場合 内縁関係にある場合 再婚している場合(前の配偶者との間に子供がいる) 相続人が全くいない場合 |
財産の観点 | 相続人以外に財産を分けたい場合 事業経営者の場合 財産の大半を居住不動産が占める場合 |
推定相続人の観点 | 行方不明の相続人がいる場合 未成年の子供がいる場合 判断能力の弱い高齢者(認知症など)がいる場合 |
遺言書を作成すべき優先度・必要度は異なるものの、全ての方が用意しておくことに越したことはない(用意しておくべき)と考えます。
夫婦共同遺言の禁止
「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない」(民法975条)とされています。例えば、夫婦が互いに「自分が死亡した時は、自分の全財産を配偶者に相続させる」という一通の遺言で作成した場合には無効となります。
よって、夫婦が共に遺言を作成する場合は、それぞれ各自の遺言書を作成する必要があります。
予備的遺言
本人が配偶者に全財産を相続させる遺言を残したとしても、必ずしも配偶者より先に死亡するとは限りません。また、例えば長男に特別に財産(事業会社の株式や固有の不動産)を相続させる遺言を残したとしても、予期せぬ事故等で長男が本人より先に死亡することもあり得ます。
このような場合には予備的遺言で対応し、「ただし、遺言者が死亡する以前にAが死亡した場合は、Aに相続させるとした全財産は、Bに相続させる」と記載することができます。
予備的遺言の範囲をどこまで想定すべきか悩むところですが、十分有り得るケースであれば前もって遺言の文面に取り込む必要があります。
付言の重要性
付言とは、法律に定められていないことを遺言でする事項です。
一般的には、葬式やお墓のこと、家族への感謝の気持ちなどが該当しますが、これらは法的な強制力はないものの、残された家族へ伝える本人の意思(メッセージ)として大切な事項となります。
遺言で法定相続分と異なる配分にした場合の理由を付言により正しく伝えることも大事です。特に遺言で遺留分を越えるような相続分を指定した場合には、遺留分侵害額請求権を行使しないように依頼するメッセージを伝えることも欠かせません。
自筆証書遺言
作成手順(要件)
- 遺言者が、遺言内容の全文、日付及び氏名の全てを自書します。
- 上記に押印します。修正加除等の変更箇所につき、署名押印します。
財産目録については、印字したものでもかまいません。ただし、目録の毎葉に署名押印が必要です。
保管場所
自宅や貸金庫等の任意の場所。
ただし、自筆証書遺言の保管制度を利用した場合は法務局に保管されます。
メリット
- 簡便な方式のため、手軽に作成できる。
- 遺言内容を他人に知られるリスクが少ない。
- 自署の遺言となるため、相続人に対する本人の想いを伝えやすい。
デメリット
- 作成方法の理解が不十分な場合、不明確な遺言内容となったり、遺言方式の不備をまねく恐れがある。
- 紛失のおそれがある(*)。
- 相続人が遺言の存在を知ることができないおそれがある(*)。
- 検認手続きが必要(*)。
ただし、自筆証書遺言の保管制度を利用した場合はデメリット②③④を回避することができます。
公正証書遺言
作成手順(要件)
- 証人2人以上が立ち会います。
- 遺言者が、遺言の趣旨を公証人に口授します。
- 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、または閲覧させます。
- 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押します。
ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができます。 - 公証人が、その証書は①~④に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押します。
保管場所
公正証書遺言の原本は、公証役場で保管されます。
メリット
・遺言方式の不備を避けることができる。
・不明確な遺言内容になる事態を避けることができる。
・偽造・変造、紛失のおそれを回避できる。
・検認手続きが不要である。
デメリット
・公証人や証人2名以上の立ち合いが必要なため、金銭的・時間的にコストを要する。
遺言内容の検討(6つの観点)
遺言内容を検討する場合には、以下の観点から整理・検討することをお勧めします。
①「家族関係(推定相続人)および受遺者」の観点
②「財産内容」の観点
③「ご本人の思い」の観点
④「財産の分配方法」の観点
⑤「状況変化への対応」の観点
⑥「死後事務委任」の観点
①「家族関係(推定相続人)および受遺者」の観点
家族関係(推定相続人)
配偶者、子、親、兄弟姉妹を戸籍等により確認し、推定相続人を確定します。なお、本人の死亡により相続人が確定しますので、遺言作成時点では“推定”相続人となります。
遺言作成後の本人死亡前(又は同時)に推定相続人が死亡した場合には、その方は相続人ではなくなりますので、当初想定していた相続人の構成とは異なります。
推定相続人の中で判断能力に問題のある方の把握(対応)の他、遺言による認知、相続欠格、推定相続人の廃除・廃除の取消し等も考慮に入れる必要があります。
受遺者
相続人以外に財産を渡す遺贈の場合には、事前に受遺者(遺贈を受ける方)の氏名・生年月日・住所の情報を入手します。
また、法定相続人が一人もいない場合には、遺言により特別縁故者に財産を残すことができます(民法958の3)。なお、遺言がない場合には、国庫に帰属することになります(民法959)。
②「財産内容」の観点
不動産、預貯金、有価証券、その他の資産、債務などの洗い出しを行います。
詳細は、相続手続きメモの「相続財産の調査・確定」をご覧ください。
③「ご本人の思い」の観点
遺言は、亡くなった後に本人の意思を最も効果的に伝える手法で、法的拘束力を持ちます。
ご本人の意思が全体の遺言内容の根幹になりますので、「ご本人の思い」は非常に重要な項目です。
大まかな財産分配の方針
ご本人の亡き後にどのように将来を託すのかについて大まかな方針を定めます。
具体的には、現住不動産や収益不動産に関する対応、金融資産の分配、残された家族への対応、事業をされている方であれば後継ぎ問題等について検討します。遺言内容が履行されるように遺留分に配慮します。また負担付相続・負担付遺贈についても併せて検討します。
祭祀主宰者の決定
遺言では財産の分配の他に、祭祀の承継を定めることができます(民法897条1項)。
従前では長男が承継することが多かったようですが、必ずしもそれに限られるものではありません。
また、祭祀承継者には遺言により相続財産の分配を少し手厚くすることもできます。
遺言執行者の決定
遺言では遺言執行者を定めることができます(民法1006条1項)。
遺言執行者には、相続人、受遺者の他、弁護士・司法書士等の専門家を指定できます。
遺言執行者が指定されていない場合には、原則相続人全員が関与する必要がありますので、迅速に手続きを進める上で障害になる恐れがあります。遺言を作成される場合には、遺言執行者を指定することをお勧めします。
付言事項
遺言を作成する上での根幹となる「ご本人の思い」をメッセージとして託すために重要な項目です。
付言事項自体には法的拘束力はありませんが、遺言内容に至る背景を各相続人に伝えると共に、ご本人の亡き後に相続人間で揉めることが無いようするための最期のメッセージとして積極的に利用することをお勧めします。
また「遺言で定めることができること」以外の事項で、遺言に記載したい内容は、付言事項に記載します。
④「財産の分配方法」の観点
「ご本人の思い」に基づき、具体的な財産の分配方法を決めます。ここでは注意点のみ示します。
不動産
後続の相続における揉めごとを防止するため、共有は極力避けるようにしてください。
預貯金
遺言作成時の預金残高と死亡時の預金残高は、必ずしも同じとは限りません。
相続時に想定していた金額割合と大きく異なることもありますので、全体の配分比率で相続させる方法も検討してください。
⑤「状況変化への対応」の観点
状況変化には、外的変化と内的変化の2種類があります。
推定相続人および受遺者の変化(外的変化)
遺言作成から遺言執行までの間に不幸にも推定相続人が本人より先に亡くなった場合には、当初想定していた推定相続人と異なる方が相続人となります。
また、受贈者を定めていた場合において、受贈者が本人より先に亡くなった場合には、特に定めがない限り、その遺贈は効力を有しないことになります。
このような不測の事態に対応するには、「予備的遺言」を用意しておきます。
■配偶者が自分より先に死亡したときの予備的遺言
推定相続人が配偶者Aと長男B、長女Cの場合、遺言で住居不動産を配偶者に相続させるとした上で、万が一本人より配偶者Aが先に死亡した場合に備えて、予備的遺言で住居不動産を長女Cに相続させることができます。
「万が一、遺言者より前に又は遺言者と同時に妻Aが死亡していたときは、遺言者は前条記載の財産を遺言者の長女Cに相続させる。」
■親が自分より先に死亡したときの予備的遺言
推定相続人が配偶者と親の場合、本人より先に親が亡くなれば、配偶者と本人の兄弟姉妹が相続人となります。予備的遺言により兄弟姉妹の遺留分を封じて、全財産を配偶者へ(完全に)相続させることができます。
遺言者の変化(内的変化)
ご本人の「老後の対策」に該当するものです。病気やケガ、判断能力の低下等により日々の生活に支障をきたすことを防ぐため、事前に任意後見契約・財産管理等委任契約・見守り契約を締結することを検討します。
⑥「死後事務委任」の観点
本人の死後の様々な事務的作業である葬儀、お墓、各種契約の解除などを、生前に委任しておくことができます。死後事務委任契約により、遺言では法的拘束力が無い事項でも、法的拘束力を持たせることが可能になります。
スマホやパソコン等のデジタル遺品の扱いについても検討します。
遺言書の構成
遺言書は下記のような構成になります。各構成ごとに具体的な文言を検討の上、遺言を作成します。
①表題 | 自筆証書遺言の場合は、”遺言書”と記載します。 |
②前文 | 遺言を記載する旨を記載します。 |
③財産の分配方法 | 財産の分配に関する事項を記載します。 ・相続、遺贈、遺産分割方法の指定 ・負担付相続・遺贈 ・予備的遺言 |
④遺言執行者の指定 | 遺言が確実に実行されるように遺言執行者を指定します。 |
⑤認知・祭祀主宰者等 | 遺言による認知・祭祀主宰者等を指定します。 |
⑥付言事項 | 本遺言内容とした理由や遺族へのメッセージを記載します。 |
⑦日付 | 遺言を作成した正確な年月日を記載します。 |
⑧住所・氏名・押印 | 遺言者の住所・氏名を記入の上、押印します。 |